• 青木旅館の歴史

旅館の歴史

安政4年(1857)青木茂三郎が前橋藩の事業=赤城牧場の牧監に就任する。蔓延元年(1861)牧監及び山番として、沼尻の地に居を構える。次第に赤城越えの旅人の往来多くなり、天候の急変や日暮れにより、お助け小屋の状態となる。

明治8年(1875)茂三郎の長男=青木平七は、小暮より一家を挙げて移住する。

明治11年(1878)採氷業を始める。厳冬期に切り出した大沼の氷を夏に東京方面に販売した。

明治35年(1902)平七の次女=青木あい館主となる。

大正12年(1923)宮内省帝室林野局より、宅地山林を払下げ、私有地とした。この年、2階建新館、1階2階共に客室-5部屋を建設する。そして、営業は養子の源作に渡す。

昭和7年(1932)青木あいは孫達の教育のため前橋市才川町(現在、日吉町)に営業所を新築する。

青木源作は、大正7年(1918)5月より大沼で鱒の養殖を始め、この実績を買われて、昭和2年(1927)県立の鱒孵化場の委嘱を受ける事になった。

また、大正13年(1924)頃より沼尻スキー場を造り始めて、昭和2年には完成したようである。昭和4年(1929)に赤城山で国際スキージャンプ大会が開催され、都心に一番近いスキー場として知られるようになり、冬の客も年々多くなった。源作は貸しスキーを思い付き、柏山の大工=児玉福松に山の木を使って30台くらいのスキーを作らせた。

レンタルスキーとしては我が国初と思われる。同年赤城スキークラブが発足し、源作が初代会長となる。(現会長は6代目青木泰孝が務めている。)

昭和2年(1927)箕輪まで自動車道路が延び、乗合自動車路線も箕輪まで延長した。

昭和6年(1931)東京方面への観光宣伝が功を奏して、登山客は年間5千人を超えるようになった。源作は、新坂平より見晴山を登って沼尻へ下るコースを開発。また、遊覧船(フォードのエンジン付)を造り、大洞への送客、大沼一周遊覧の営業を始める。乗船桟橋の入口には乗船券売り場、休憩所、みやげ品売店を設けた。明治時代から使っていたろ漕ぎの和船2隻の他に貸しボート10隻も新造する。

昭和8年(1933)遊覧船(シボレーエンジン)を増設。この年、赤城山登山者は年間2万5千人ほどに増加した。昭和10年(1935)には10数万人に増加。都内の学生など夏期林間学校の宿泊も多くなる。

しかし、昭和12年(1937)日支事変勃発から太平洋戦争終戦後まではバスも現在の畜産試験場で止まり、観光地として苦しい時代であった。

源作の長男=青木崇は、復員して昭和21年、大洞売店でボート貸しを始めた。戦後はまだレジャーも少なかったので、日帰りの登山客も多かった。昭和24年(1949)には、貸しボートを40隻にして、昭和25年(1950)には大洞に別館を建て旅館業を開始した。

昭和28年(1953)本館も赤城山の木を用いて建て替えた。

昭和29年(1954)(有)青木旅館設立。青木崇が社長となる。

昭和30年(1955)大洞に電気が供給され、赤城山分校開校(平成9年(1997)休校)。翌31年(1956)赤城山出身の猪谷千春がコルチナオリンピックにてスラロームで銀メダル獲得。この年大洞まで東武バスの路線が延長された。

同年本館を増築。
昭和32年(1957)利平茶屋と鳥井峠間にケーブルカー完成(昭和42年(1967)廃止)。大沼スケート場が開設され、観光バスによるスケートブームとなる。

 

翌昭和33年(1958)地蔵岳ロープウエー及びスキーリフト運行開始(平成10年(1998)まで営業)。沼尻に電気供給。昭和40年(1965)小暮大鳥居完成。昭和41年(1966)赤城南面有料道路完成(白樺ライン)。

昭和44年(1969)青木別館ドライブセンター開設(平成2年(1990)閉店)。昭和53年(1978)別館建替え。

昭和57年(1982)北面有料道路開通(平成7年(1995)南北両道路無料化)。翌年赤城温泉―小沼道完成。

昭和62年(1987)カフェ&レストラン「樹林」オープン。

平成13年(2001)新坂平の総合観光案内所開設に伴い、管理と喫茶・売店の共同経営の発起人となる。

平成16年(2004)青木崇の娘婿­=青木泰孝社長となる。

平成19年(2007)本館改装。大浴場新築。カフェ&レストラン「樹林」をコテージ風の離れに改装。

平成21年(2009)富士見村から前橋市となる。

青木旅館の建物泰孝は平成6年(1994)に赤城大沼漁業組合の組合長となり、平成11年(1999)国と所轄の役所の補助を受けて、孵化場を新設。平成22年(2010)ビン型孵化装置を増設して、ワカサギの安定供給を実現し、現在大沼は関東地方で唯一氷上ワカサギ釣りが出来る湖として賑わっている。旅館ではフィシングサポート「釣船」で釣り人の要望に応えている。

また、近年の登山ブームの中、赤城山は日本百名山の一つとして多くの登山者を迎えており、旅館は訪れる登山者の疲れを癒やす場所として、自然の温もりを大切に赤城山の歴史とともに時を刻んでいる。

 

平成28年11月記